刑務所獄中記【人の不幸は甘い蜜】刑事施設拘束1530日

自分よりも不幸で不運な人がいることを知ることで、悩んでいる人や迷っている人に少しでも元気を与えることが出来れば良いなと思います

留置所での孤独な日々から生まれる不安やストレス、絶望感⑬

留置所では昼食時のみ自費で弁当を購入する

ことができる。なので、金(領地金)がある

人は弁当を買う。弁当+コッペパン2個と

おかず一品を食べることができるので腹は溜

まる。一方Nさんは金がなかったので、弁当

を買えずにいた。同じ房で食事を共にするの

に、一方は金がないのでコッペパン2個と

おかず一品で我慢しているという状況に気ま

ずさを感じたので、Nさんに、官から配当さ

れるおかず一品を「これ良かったら食べて下

さい」と言いながら渡そうとしたら、「それ

はいりません」と断られた。それはいらない

ということは、自費で購入した弁当ならいる

のかと考えがよぎったが、それ以上踏み込む

のは面倒臭いので辞めた。俺もNさんも起訴

されたので、拘置所へ移送されてからの裁判

待ちの状態で、警察や検事の調べもなく房の

中で暇な時間を過ごす。だからといって全く

何もしないということではなく、官本を読ん

だり、回覧新聞を読んだり、Nさんと話しを

したりして過ごすことになる。Nさんの年齢

は45歳だ。そしてちょくちょく嘘をつく。

例えば、元大阪維新の会橋本徹氏の政策に

強く賛成していて、自分も何か力になれなれ

ないかと思い大阪へ向かったところ逮捕され

たという。つい2、3日前は柄をかわす為と言

っていたのに何をほざいているんだろうとお

かしかった。多分朝からヒルナミンという強

い安定剤を飲んでいるので自分の言った事を

忘れているんだろう。呂律も回っていない。

ただ5回目の刑務所という事もあり、司法に

ついては俺よりも遥かに詳しく、色々とアド

バイスをしてくれた。例えばこれから公判に

望むにあたり、1審では無罪を主張する。

そして判決を待つ。判決の結果が実刑となっ

た場合は2審の高裁で起訴事実を認め、情状

酌量を狙うといったものだった。一貫して

無罪を主張するのであれば、マスコミや世間

の注目度も嫌でも高まるので、ネットなどに

実名検索をしたらヒットする可能性もあるの

で、そこのところは覚悟を決めなければいけ

ないということも言われた。それか最初から

起訴事実を素直に認めてしまうかだとも言わ

れた。認めてしまった方が当然心証は良いに

決まっているが、そうしてしまうと今までの

完黙は何だったのかということにもなるし、

もしかしたら公判維持が出来ずに無罪になる

可能性を放棄してしまうことになる。どうい

う選択をするのが最善なのか考えるも、答え

が出ることはなかった。Nさんとの共同生活

が1週間経った頃、留置所担当がNさんに

拘置所への移送を伝えにきた。心の中では

「ヨッシャー」とガッツポーズをしていた。

移送される際は私服にて移送されるのでN

さんの私服を見たが、しわしわのカッター

シャツに黒色のチノパン、黒色の革靴という

出で立ちだった。以前から、窃盗犯と怪しま

れないように服装には気を使っていると言っ

ていた。カッターシャツにしろ、ズボンにし

ろ、革靴にしろそれなりに高価なものだとい

うのは分かる。だが、Nさんには不釣り合い

で、似合ってなく、服に着せられているとい

う印象を受けた。出発の準備が整い、10室

から出る際、ドカドカと大きな足音をたてて

こちらへ向かってきた。そして右手を差し伸

べて握手を求めてきたのでそれに応えた。N

さんの右手にはとても強い力が入っていて痛

い程だった。その顔はこれから戦場へと出向

く兵士のように見えた。Nさんがいる時は、

「邪魔だな…うっとうしいな…」と感じるこ

とが多々あったが、いざ房に一人になると、

何年位の懲役になるのかということばかりが

頭の中でグルグルと渦を巻き、不安な気持ち

に襲われる事が多くなった。他の房から聞こ

えてくる笑い声や話し声が羨ましかった。

だんだん夜も不安にかられて眠ることが出来

なくなってきた。眠ることができないと神経

過敏になり、イライラしてくる。就寝時間を

とうに過ぎても一向に眠れない。他の房から

はいびきや寝息が聞こえてくる。母さん父さ

んの顔が浮かんでくる。そして何でこんな目

に合わなければいけないんだよという激しい

怒りに襲われ枕を天井に力強く叩きつけた。

夜中の静かな留置所内にバンという音が鳴り

響いたのと同時に、留置担当3人が走って仮

監獄の扉の前までやってきた。一番下っ端と

思われる者に、「うるせえぞこらぁ、周り寝

てんだから静かにしろ」と睨まれたので、

「うるせえぞ三下が、言葉気をつけねえと

ボコるぞ」と睨み返してやった。三下だから

返す言葉が分からず、俺から目をそらした。

そこに年配の留置官が諭すように優しい口調

で、「眠れずイライラや不安になるのは分か

らなくもないが、他の皆も同じなんだから我

慢してくれ」と言われたので、我に返り、

「すいません」と小さく頭を下げた。

再び布団に横になり、仰向けになって天井を

ずっと見ていると両親の顔が浮かんでくる。

少しは大人になった姿を見せたかった。今ま

で散々迷惑をかけてきたので親孝行がしたか

った。還暦を祝いたかった。たわいもない話

しで構わないので、一緒にいられる時間を大

切にしたいと思っていた。それも当分の間は

かなわなくなった。そう思うと自然と涙が

こぼれてきた。