刑務所獄中記【人の不幸は甘い蜜】刑事施設拘束1530日

自分よりも不幸で不運な人がいることを知ることで、悩んでいる人や迷っている人に少しでも元気を与えることが出来れば良いなと思います

刑事の調べは楽だけど検事の調べは緊張の連続⑩

警察の調べが始まった。紺色のCROWNと

紺色のスーツで職場を監視していた捜査員が

担当だった。1課の主任だというのが分かっ

た。調べでは世間話しはするものの、事件の

ことについては黙秘した。事件のことについ

ての質問には、「自分の証言がどの様に影響

するのか分からないので黙秘します」と伝え

事件については完黙を貫いた。作成された調

書には当然指印は一も押さなかった。

N法律事務所のN所長とその部下の2人に弁

護をお願いすることにした。部下のK弁護士

が早速面会に来てくれた。事件資料を見て

「これだけの証拠で果たして起訴出来るのだ

ろうか」と首を傾げていた。証拠となってい

るのは防犯カメラの映像。ただ犯行現場の映

像ではなく、犯行現場から約1キロ程離れた

コンビニ内のカメラに被害者と俺が映ってい

るというもので、被害者がコンビニを出た後

を追跡しているという映像だった。俺もこの

証拠だけでは起訴するのは難しいと思ってい

た。K弁護士から「やっていないんだよね」

と鋭い目つきで問いただされたので「やって

いないですよ」と嘘をついた。K弁護士から

はこのまま黙秘を続けることと、辛くなった

時はいつでも連絡するようにと言われた。

検察に送検されて録画ビデオと音声録音がさ

れている状態で検事調べが行われた。I検事

は若く、見た目も爽やかで年齢も30半ば辺

りに見受けられる。ここでも当然事件につい

ては黙秘を貫いた。I検事は情に訴えてくる

タイプの検事で「◯◯さんはそんな事をする

人ではないと思っている。3年前に◯◯さん

に何があったのか聞かせて欲しい」と言って

くる。昔から先輩達から自供をすること程馬

鹿なことはないと教えられてきた。自分自身

もアウトサイドの世界で生きている以上自供

するのはダサいことだと思っていた。検事か

ら目を離し手元を見つめる状態が30分位続

く。その間検事は何も話さない。痺れを切ら

して目線を手元から検事に向けたら前傾姿勢

の構えで相変わらず視線をこちらに向けてい

た。I検事が「何か答えたらどうか、やまし

いことがなかったら話せるでしょ」と言う。

内心ごもっともだと思いながらも録画ビデオ

で撮影されている為動揺した姿を見せないこ

とだけに意識を集中した。次の調べで時間も

押してるので今日のところは終了となった。

一礼をして退出しようとした時I検事から、

「もしも何か思いだしたり、話す気持ちにな

ったらいつでも言って下さい」と言われた。

夕方の5時位に留置所に戻ってきた。一緒に

検察庁に行った容疑者達と冷えたご飯を食べ

た。6房に戻ったら他房から転房してきたS

さんがいた。歳は俺の1個上で、オレオレ詐

欺のボス(オーナー)だ。下の者が全員パク

られたので2年ほど柄をかわして久々に仲間

に会う為にK町で待ち合わせしていたところ

をみおとり捜査員から確保されたみたいだ。

にこにこした爽やかな容姿からは犯罪者とは

とても思えない。とても愛嬌もある。「今流

行のS(詐欺)ですが、何をしたんですか」

と聞かれた。強盗なんて恥ずべき犯罪だと思

っていたので本音は喋りたくなかったが、ど

うせ分かることなので正直に答えた。歳も近

いので割と自然体で話すことができた。詐欺

のボスのSさんは結婚しており、子供が3人も

いるという。今迄搾取してきたお金は遊びに

消えてほとんど残っていないので、家族の生

活費のことをとても心配していた。嫁さんは

Sさんが悪いことをして金を稼いでいるとい

うことを薄々勘づいていたみたいだが、嫁さ

んの両親にはベンチャー企業の社長と名乗っ

ていたので、ずっと騙していたことに対して

申し訳ないし、恥ずかしいとも言っていた。

家族は現在家賃30万円のタワーマンション

暮らしているが、これから直ぐにでも嫁さん

の実家に引っ越しをさせると言っていた。離

婚しなければいけない可能性も出てくるが自

分のしたことなんで仕方がないとあっさりと

した口調で言っていた。Sさんの詐欺グルー

プの箱のリーダー(現場責任者)以外全員が

口を割ったという。リーダーだけ最後まで完

黙を貫き通して、懲役5年でもうすでに刑務

所に移送されているという。出し子だけ執行

猶予となり、かけ子等の実行犯は2〜4年の

実刑判決が下ったという。リーダー同様すで

に刑務所に移送されているという。下の者が

ゲロった(口を割った)のでSさんがパクら

れた事に対して、「そいつらにはちゃんと

パクられるリスクの話しをしていたんですよ

ね。いざ捕まったら自分が可愛い余り量刑を

安くする為にゲロるのはダサいしなめてます

ね」と言ったら、「全員が捕まってしまった

ら金を稼ぐことも出来ないから、出所後に渡

そうと思っていた金も稼げなくなる」と呆れ

て気落ちしている表情で語っていたのが印象

的だった。Sさんは既に起訴されており、6

〜8年の実刑になると思うと言っていた。俺

は弁護士と面会した時に、弁護士が過去の類

似事件で下された判決の資料を見せてくれた

が、もしも起訴されたら、4年〜6年が妥当

だと思うと言われていた。今迄で一番稼いで

いた時だし、好きな女と結婚も考えていたし

今迄心配と迷惑しかかけていない両親に親孝

行をしていこうと本気で考えていた。今迄の

生活は本当に滅茶苦茶だった。法律なんて俺

にはなかった。色んな悪事を重ねてきた。

ダークサイドを彷徨っていた。金を稼ぐよう

になってダークサイドから抜け出せる、そん

な気になっていた矢先の逮捕。しかも罪名は

強盗。その心の内をSさんに吐き出した。

Sさんは真剣に話しを聞いていた。そして

「親に対して心配と迷惑をかけてきたのは変

わらないけど、今更ねって感じです。でも親

であれば子供の気持ちを理解しようとしてく

れると思いますよ。あの時期に一体何があっ

たのか考えると思います」と言ってくれた。

俺より量刑が重くなる筈で、自分のこの先の

事だけで頭が一杯の筈なのに、他者の心情、

気持ちに寄り添ってくれる温かさを強く感じ

た。グループのトップとして人を惹きつけて

まとめてきたんだなというのが分かった瞬間

だった。