裁判所差押え令状持って警察がやって来た。罪名はまさかの⑥
Mが補導されて3ヶ月が経とうとしていた。
広告代理店の事務所周辺をいつになくパト
カーが巡回している。事務所から30メート
ル近く離れた路上には紺色のCROWNが停
まっていて、車外にはCROWNと同じ紺色
のスーツを着た180センチはありそうな大
柄で40半ばくらいの堅気には見えない男が
チラチラと事務所の方を監視している。
パクリに来るならせめて友人の結婚式から戻
ってからにしてくれ、それからだったらいつ
でもいいから、どうせ執行猶予なんだからと
高を括っていた。翌日、朝8時30分頃に玄
関のチャイムが鳴った。「あーあっ、ついに
来たか」という感じだった。分かってはいる
が、一応「どちら様ですか」と聞く。「◯◯
警察署の者ですが、◯◯さんですか」との問
に、「はい」と短く答える。「裁判所から差
し押さえ令状が出ていますので開けてくれま
すか」と言われ大人しく鍵を開けた。対面す
るなり、「裁判所から、PC、スマホ、鍵束
一式、本人確認書類の差し押さえ令状が出て
いますので押収します」と言われた。何のこ
とか分からないと白を切った態度で「何の罪
名ですか」と聞く。そしたら後から入ってき
たコインパーキングでインカムしていたデコ
が、「そんなの自分で分かるでしょう」と馬
鹿にした口調で言ってきた。「分からないか
ら聞いているんですよ」と少し強い口調で返
したところ、TOPの指揮官の係長から、
「強盗」と睨みつけながら言われた。強盗と
聞いた瞬間、頭が真っ白になった。一体何の
ことか分からなかった。本当に思いあたる節
がない。しばしの間フリーズしていた。部屋
の中を7〜8人程の捜査員に埋め尽くされて
ほんの20分程度の時間で対象品を差し押さ
えられた。ベランダを開けて一服しながら過
去の記憶を辿っていく。逃走を警戒して、す
ぐ近くにコインパーキングのインカムのデコ
がぴったりと張り付いている。隣の区の警察
ということは、◯◯でやった事件ということ
になる。そこに考えを一点集中させる。煙草
を灰皿に押し潰している時に鮮明に事件の事
を思い出した。約3年前に路上で起こしたタ
タキ。起訴されたら実刑確実だというのは明
らかだった。だが何故今になってめくれたの
かが分からない。武器や服など犯行に使用し
たモノは全て処分した。証拠は残っていない
筈なのに、分からない。血の気が引いていく
のが分かる。差し押さえが終了し、TOPの
指揮官の係長から、「これから一緒に警察署
に来てもらいますので」と言われ、大人しく
従った。逮捕状は持ってきていない。あくま
で差し押さえ令状だ。差し押さえられたスマ
ホやPCに強盗の事件に関連する証拠は残っ
ていない。そもそも強盗の事件なのに、スマ
ホやPCを差し押さえる必要があるのか?こ
れはあくまで援デリの方をめくりに来たとし
か思えなかった。任意の調べで自供さえしな
ければ逮捕されることはない。エントランス
前に停まっていた白のワンボックスの捜査車
両の後部座席に誘導されて乗り込んだ。◯◯
警察署に連行されている間中、絶対に自供は
しない。完黙を貫くと繰り返し自分に言い聞
かせていた。逮捕状はあるのかという聞きた
くはないが、聞かずにはいられない質問を隣
に座っている指揮官TOPの係長に聞いた。
係長はこちらには見向きもせず、前方を見な
がら「ある」と小さく頷くだけだった。自供
を引き出す為の脅しだと都合の良い様に判断
するも、本心は長い勾留になるのだろうなと
考えるもう一人の自分がいる。今迄の人生の
中で今が最大のピンチだとも思った。1週間
後には地元に帰省して友人の結婚式に参加す
る為にスーツも新調したし、航空券も既に購
入していた。両親の還暦を祝う為にお店も予
約していたのに、せめて戻ってきてからパク
リに来て欲しかった。全部おじゃんになって
しまった。母さん父さんの顔が思い浮かぶ。
心底迷惑ばかりかける親不孝者でゴメンと溜
息をつく。そういうことを考えているとすぐ
に◯◯警察署に到着した。門扉が開かれて
20〜30人程のデコ御一行が迎えの為に待
っていた。そんな大げさお迎えは必要ねえよ
、もっと悪い奴捕まえる為に働け税金泥棒が
と内心毒づいていた。最も心配していた報道
陣がいなかったことは不幸中の幸いだった。