刑務所獄中記【人の不幸は甘い蜜】刑事施設拘束1530日

自分よりも不幸で不運な人がいることを知ることで、悩んでいる人や迷っている人に少しでも元気を与えることが出来れば良いなと思います

罪を認めると決めたものの初公判の2日前になって葛藤する⑰

 

N弁護士から公判で行う被告人質問の資料が

送られて来た。資料とあわせて送られてきた

手紙には、「この通りに質問をしますので、

この通りに答えてくれれば大丈夫です」と書

かれていた。初公判までまだ時間があるので

2日前くらいから暗記すればいいと思った。

相変わらず誰とも話しが出来ない状態が続い

ている。運動も単独運動なので、誰とも話し

が出来ない。唯一の楽しみは運動が終わって

居室に戻り、その後Sさんが運動から戻って

くる時に笑顔でこちらの方を向いてくれるく

らいだ。胸がぎゅうっと締め付けらて苦しい

という状態はまだ続いていた。「反転」に、

著者の田中森一氏が不安で苦しい気持ちを抑

える為に、中村天風の本を何度も繰り返し読

んだと書いてあった。その中でも、「心理の

響き」は中村天風の基本的な考えがコンパク

トにまとめられているのでとても読み易く、

枕の隣に置いていたと書いてあった。不安に

襲われた時に読むと不思議と気持ちが落ち着

いたと絶賛してあったので購入することにし

た。そして読んでみたら本当だった。ぎゅう

っと締め付けられて痛かった胸の痛みがやわ

らぎ、平穏な気持ちにさせてくれる。それか

らは毎日読むようになり、時には1日中読ん

でいることもあった。「誰にも分からない未

来に対して不安に陥るよりも、現在を懸命に

生きろ」という単純な言葉に救われた。

 

逮捕されてからこの本に出会うまでは事件が

インターネットにより明るみになってしまわ

ないだろうかということや、判決のことばか

りが頭の中にあり、正に心ここにあらずとい

う状態だった。取越し苦労の日々を送ること

で精神の状態がおかしくなっていた。だがこ

の本を読むようになってからは少しずつやわ

らいでいった。苦しくなったら本を開くとい

う繰り返しだった。この時期くらいから、い

つまでも悩み、迷い、苦しんでも仕方がない

。過去の過ちをしっかりと償い、行き直そう

という気持ちが芽生えてきていた。だが、人

間直ぐには変わる事が出来ない。初公判の2

日前N先生が面会に来た。公判に向けての最

終的な打ち合わせの為だ。「被告人質問の資

料には目を通してくれているか」と聞かれた

ので「はい」と答えた。N弁護士から初公判

の流れを説明され「被害者に対して申し訳な

いという反省した態度で臨む様に」と釘を打

たれた。その言葉に同意せずに黙っていた。

ここまできて大変往生際が悪いのだが、無罪

というほんのわずかな可能性にかけるべきな

のではないかという考えが浮かんでたのだ。

N先生から「どうかされましたか」と心配し

た表情で尋ねられたので「ここまできて本当

に申し訳ないが、やっぱり無罪主張で争って

欲しい」と伝えた。N先生はポカーンとして

呆れた表情をした直後に珍しく感情的になっ

て、「公判前整理手続きも終わって、情状酌

量の面を考慮してもらう方向で進めているの

に…そんなことを言うのであれば、これ以上

◯◯さんの弁護は出来ませんよ」と怒鳴られ

た。続けて「無罪主張で争っても実刑は免れ

ませんよ、今になってどのような心境の変化

があったのですか」と聞かれたので、「強盗

という罪を認めてしまったら凶悪犯罪者とい

うレッテルを貼られてしまう、だったら量刑

が重く(年数が長くなる)なってもいいので

やっていないと認めない方が良いと思いまし

たので…」と胸の内を正直に話したら、「周

りの友人、知人にはやっていないと言い張れ

ばいいんですよ。自分自身のことですから、

周りは関係ありませんよ」と強い口調で諭さ

れた。毎日読んでいる中村天風の言葉、心を

常に強く、正しく、尊く保たなければいけな

い、真実はどんな私情一切を受け入れないと

いうのを思い出した。もう逃げることは出来

ないなと改めて実感させられた。N先生に、

「優柔不断で困らせてしまい申し訳ありませ

ん、しっかりと罪を認めて誠心誠意公判に臨

みますので宜しくお願いします」と謝罪を兼

ねて深々と頭を下げた。するとN先生が、

「しっかりと◯◯さんの弁護をやらせて頂き

ますので、こちらこそ宜しくお願いします、

がんばりましょう」と温かく優しい口調で返

してきた。それから両親のことについてなど

も含め世間話しを少しして面会を終えた。刑

務官に連行されて自室へ戻る途中、早くこの

地獄から開放されたいと心底思った。

Sさんの部屋を通り過ぎる時にちらっと覗い

たら、いつもは気づいて合図をしてくれるの

だが、天井に顔を向けて目を閉ざしていたの

で気付いてもらえなかった。「Sさんも辛い

んだな、自分との闘いだな、頑張れ」と胸の

中でエールを送った。